音楽コラム<vol.80> 寄稿:rookie1957@今は池袋本町
ラフハウスが教えてくれたシリーズ、その3
憧れの「山田晃士」現代日本語シャンソン殿下(rookieは、殿下と呼んでます。勝手に)
コトバの洪水、芝居じみた語りの荒波な豊潤さ、唄い演奏するコードストロークの激流無尽蔵な正確さと流暢さ・・。ほんまに・・。いつも圧倒されているです。
癖になる。中毒になる。
あんな風なパフォーマーに、なりたい。と、憧れの「山田晃士」殿下の話。
「ポップでキッチュなガレージシャンソン歌手」が、キャッチフレーズ(?)
ほとんど知られていないと思われるので、基本情報をまずは。
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公式Webサイト http://www.koshiyamada.com/
プロフィール
'84年、ロックバンド、AROUGEでデビュー。
'86年、AROUGE脱退後、ソロ活動を開始。
'94年、シングル「ひまわり」でソロ・デビューし、20万枚の大ヒット。
'97年、単身渡仏しレコーディンした、アルバム「モノローグ・シアター」をリリース。
'97年、自身のバンド、KOSHI au Bourbier(現泥沼楽団)を結成。
'01年、Acco.とのデュオ、ガレージシャンソンショーを結成。
'03年、ガレージシャンソンショー、キングレコードよりデビュー。
'07年 “山田晃士&流浪の朝謡”活動開始。
独特な世界観を持ったシアトリカルなパフォーマンスは唯一無二の存在感を誇る。
最初にラフハウスで「山田晃士」殿下を見たのはいつだったか、もう覚えていない。
初見で魂揺さぶられてから、ラフハウスに来る時には毎回、全部観戦。
バンドスタイルのツアーでラフハウスを通過した時には、岡山まで観戦に行ったり。
で、「山田晃士」殿下には3つの顔、ライブスタイルがある。
★ひとつは「独り舞台」というソロのステージ。
「あんたのスウィング」
私は、ソロが好き。他のミュージシャンは不要で、とにかくソロでずっと聴いていたい。
半分の時間は、語りを聴いていたい。演奏、半分でもいいくらい。
殿下創作のストーリーを澱みなく話し続ける。「唄い語り」とでも呼ぶかほんとに澱みなく滞りなく。
★二つ目が、アコーディオン奏者と2人での、「ガレージシャンソンショー」
ギターから解放された「山田晃士」殿下が佐藤芳明の超絶テクニックなアコーディオンで踊るオドル謡う語る、廻る走る。
会場の熱気も羨ましくスゴイ。観客は楽しさ興奮MAXですよね、これ。
「サーカスサーカス 」
★そして三つ目が、バンドを従えてのスタイル「山田晃士&流浪の朝謡」
編成はリズムセクション+トランペット+アコーディオン。
Tp.渡辺隆雄
G.福島久雄
Dr.ロジャー高橋
B.早川岳晴
Acco. 田ノ岡三郎
ガレージシャンソンショーのユニットでもギター演奏から解放された殿下の疾走感が出てたけど、バンドのセンターにボーカルで立つ殿下は、ボーカリストではなくてパフォーマー。
もう、初っ端の目がイッちゃってます!
「いざ進めよ、いばらの道を」
で、rookieがどうして殿下にこうまで惹かれるのか。
ちょっと、思い起こしてみると・・。
rookieは子どもの頃からの「肺病病みで白樺のサナトリウムで本を読んでいた」長い時期を経て、私立文系・文学部中退(実際は除籍)という黒歴史があり。
中学高校はバンド活動をしてて。
大学の学祭で黒テント在籍の先輩に混じって小芝居の舞台に立ったり。
東京⇒高松へ移住してすぐにタウン誌の「劇団員・制作募集」という記事を見つけて劇団銀河鉄道に参加。4作目くらいから3,4作品の公演で制作を担当してたり。(その頃に大学生だったノーダ氏やタメさんと遭遇して演奏を頼んだり)
そのまま舞台の音響や道具・舞台監督手伝いをするようになって「綱場」や「舞台袖」が大好きになって。(いまはもう、ほとんど電動バトンになって綱場係が不要らしいけど)
瀬戸大橋開通直前の(古い話)音響会社のイベント部門立ち上げに参加して、それから仕事に無理やり「かこつけて」台本を書き、演出料を見積に計上したり、舞台監督の仕事もしたり。
で、50才で再びギターを担いで路上に出るようになってrookieになった。
で、レパートリーをつくっているときに「そうだ、子どもの頃からシャンソンが身近に合って耳と身体に馴染んでた」ことを思い出して。
シャンソンを調べて聴いて、歌詞の翻訳を集めて自分でアレンジして「ロックん・シャンソンパッケージ」もつくって、かつての屋根裏のマスターと「シャンソニエ」という小さなライブをしたり。
と、いうことで。
「山田晃士」殿下の持つ要素『シャンソン・芝居・舞台・ギター・音楽・詩』すべてが、rookieが生きて来た人生を豊かにしてくれている要素とぴったりフィットするから、ということなんだろうか。
でも、ともかく、大好きなんですよ。無条件に。
●ラフハウスでのライブ後の「山田晃士」殿下に、「カバー演奏したいんですが、楽譜は出さないんですか?買います!」と直談判したところ「あのね、楽譜出版は儲からないんですよね・・」と、耳打ちされた図@ラフハウス2016/03/28頃
で、2018年5月に高松から東京に移住してからも、東京でコロナ前に2,3回、ライブの追っかけをしたり。
※左から山田晃士殿下・rookie・ソースケどの・Shayさん
★おまけ★
ラフハウス20周年に際しての山田殿下からの・・
【お祝いコメント】
私は唯一無二な物事に惹かれる。但し、唯一無二である事を継続させるのは、決して容易くはない。RUFFHOUSE、他にこんなライブハウスは何処にも無い。唯一無二の空間だ。そして20年も続いている。今城のぶやの情熱がそれを可能にしているのだ。今城さん、RUFFHOUSE 20周年おめでとうございます。これからもずっと唄わせて下さいね。
ガレージシャンソン歌手 山田晃士
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それではまた!高松の路上か駅前かでお会いしましょう!